世にも奇妙な物語『予祝』

『─第3巡選択希望選手 阪神 桐敷拓馬』

会見場に詰めかけた恩師、チームメイト、家族がどっと湧く。
小さな頃から夢見た、憧れのプロ野球選手。ついにその切符を手にした。
「拓馬、おめでとう」「今までよく頑張ったね、おめでとう」
心地よい祝福の言葉は、これまでの努力を反芻させる。あの日々があったから、今日という日があるのだ。
「拓馬、矢野監督からメッセージが届いてるよ」
「へえ、獲得を見越して事前に用意していたのかな。中々小粋なことをする監督だね。早速見てみるよ」

─『拓馬、一年目からの活躍おめでとう！』

「…え？」

「あのメッセージ、なんだったんだろう。まあ、多少文法に粗があっただけで、要は一年目からの活躍を期待してくれてるってことだよな。期待に応えるためにも、キャンプ頑張るぞ」

阪神タイガース、昨年2021年は惜しくもリーグ2位に終わったが、1位のヤクルトとは大接戦を演じた。現在、間違いなくプロ野球有数の強豪チームと言えるだろう。
きっと、キャンプの練習も厳しいに違いない…。

「僕は、予祝を持ってきました。ルーキー、桐敷、意味わかる？」

「………」

「いや、わからんやろ！」

西さんに糸井さん。球界で長年活躍し続けている一流選手だ。しかし、沈黙の理由は彼らに対面した緊張からではない。
ヨシュク、という聞き覚えのない言葉に思わず思考が止まってしまった。

「未来の姿を先に喜び、祝ってしまうことで現実を引き寄せることを、予祝と言います」

「今から監督を胴上げしようかなと思います」

どうやら、球界の慣習、験担ぎというわけではないらしい。
阪神タイガース特有の儀式、自己啓発。
こんな馬鹿らしいことをしていて、本当に勝てるのか。自分が入ったこの球団は、本当に大丈夫なのか。
そんな不安に駆られながらも、”儀式”は円滑に進行していた。

「本番では88回胴上げしますが、予祝では矢野サンにちなんで3回上げます！」

『阪神タイガース、開幕から泥沼！歴代最低勝利！』

ドン底に沈むチームを傍らに、どこか嘲笑している自分がいた。

「あんな馬鹿げたことをしているから、こんなことになるんだ」

ルーキーの自分にはそれほど登板機会など巡ってこない。自分の所属チームといえど、どこか他人事だった。

「おい、拓馬、明日いくぞ」
「コーチ、おはようございます。いくって、どこにですか？」
「何言ってんだ、試合に決まってるだろ。お前が明日の先発だ」

先発ローテーションの投手が新型コロナウィルスに感染し、代役として自分に白羽の矢が立った、ということらしい。しかし、これは大チャンスだ。
ここで結果を残せば、来季の年俸アップ、将来のステップアップにも繋がる。まさかこんなに早くプロでのチャンスが巡ってくるとは、思わなかった。

「はい！いかせてください！」

「緊急登板の先発桐敷、2回2失点で降板です！」

頬をしたたる汗を無視し、ベンチに座り込んだ。運動による発汗ではない。

チームはプロ野球ワースト勝率をさらに更新。自身も、防御率6点台の負け越し投手。

「これが、俺が夢見たプロ生活なのか…？」

この日のミーティングは、いつにも増して空気が重苦しかった。
そんな中、西投手が口を開く。

「今までチーム全体で予祝に取り組んできたのに、何故こんな結果になっているのか。ルーキー、桐敷、わかるか？」

「………」

「予祝というのは、チームメイト全員が心の底からお祝いしないと効果を発揮しない。一人でも疑う者がいるとダメなんだ」

そうだ、西投手は自分と違ってリーグトップの防御率を誇り、すでに完封もしている。
そんな投手の言うことなら、あるいは本当に効果があるかもしれない…。

「はい！みなさん、連敗ストップおめでとうございます！」

「青柳さん、あの菅野投手に投げ勝つなんて凄いですね！」

「おお、ありがとう」

試合間に交わした会話だったが、その日本当に阪神は連敗を止めた。

「でも、青柳投手は昨シーズン大活躍した力のある投手だよな。地力で結果を残しても不思議じゃないよな」

まだどこか半信半疑の自分がいた。本当に、この勝利は予祝の効果なのか。

「そうだ！……あっ、糸原さん！サイクルヒットおめでとうございます！」

翌日、糸原は本当にサイクルヒットを達成した。

「すごい…！予祝、本物だ…！これを使えば…」

『阪神タイガース、10連勝！』

『15連勝！止まらない！』

『阪神、奇跡の大逆転リーグ優勝！』

チームで事前にお祝いしたことが、現実になる。
阪神は予祝の効果で歴史的な大躍進を見せた。
そして迎えたソフトバンクとの日本シリーズ、阪神は3勝0敗で日本一に王手をかけ、4戦目の先発には自分が指名された。

「ただ1つ、みんなで出来ていないことがある。ルーキー、桐敷、わかるか？」

「1つしかないやないか！日本一に向けて練習してるわけでしょ。でもこれは練習してないと思うで。今から僕のヒーローインタビューをします。いいですか、これは予祝です！」

翌日、”お祝い”した通りの完封勝利で、阪神は見事日本一を達成した。甲子園球場では、アナウンサーが興奮した様子で叫んでいる。

『矢野監督、今3度宙を舞いました！』