イチローとの出逢い
当時の友達が、教えてくれた。どこにでもいるでしょ、情報屋みたいな友達が……その彼がすごい、すごいって大騒ぎしていた。
4割を打つかもしれないすごい選手がいるって。
イチローって言うんだって。
正直、誰だと思った。だって、知らないよ、鹿児島の田舎もんだから。おれは巨人戦しか見なかったし、ニュースの時間は寝てたから。だいたい、おかしいじゃん、イチローってカタカナだし。
すぐにスポーツニュースを見た。イチロー選手が打って、走る姿を見て、こんなスマートな選手がいるのかって、ビックリした。
あんなに体が細いのに誰よりも強い。誰よりも飛ばすし、誰よりも速い。
まさに、光だった。
イチロー選手のことが気になって、気になって、初めて自分のお小遣いで本を買った。それが、イチローのすべて という本だった。夢中になって読んだ、中学2年生のときのことだった。
そんなとき、鹿児島にイチロー選手がきた。
まず、シートノックを見て、ぶったまげた。肩、強えなぁ。
ホームランも打った。おれはちょうど一塁側のベンチのすぐ上の席に座っていた。ヒット2本と、ホームラン。
イチロー選手は細い体をゴムみたいにしならせて、右中間へ特大のホームランを打ったんだ。
イチロー選手はおれにとっての宇宙じゃなかった。もっと、もっと近くに見えた、光だった。
WBCとイチローの衝撃 イチローさんとの遭遇
そのときが来た。ついに会ってしまうのか。
これが24歳で来るのか、と思った。
よっしゃあ、という感じじゃない。これはもう、やるしかないんだという、想像しただけで吐きそうなほどの緊張感。何しろただの一度も面識はないのに、いきなりのチームメイトだ。
最初に会ったのは、集合場所になっていた福岡のホテルのエレベーターだった。初めてのミーティングに行こうと、エレベーターを待っていた。そのとき、エレベーターから何人かの選手が降りてきた。
そのとき、あれっ、誰がいるんだ、という強烈なオーラを発する人がいた。
イチローさんだ。
ボーって、頭が真っ白になった。こういうとき、人間の頭って、ポーンとどっかに飛んでいくんだということを知った。ふと我に返って、オイ、おれは何をしなきゃいけないんだと考えた。そうだ、挨拶しないといかん。
「はじめまして、イチローさん、ソフトバンクの川崎です。よろしくお願いします」
そうしたらイチローさん、こう言った。
「あーっ、ムネ君でしょ」
その先のことはもう、何も覚えてない。もっと真っ白になった。
ミーティングでは王さんが何かしゃべってたけど、何も聞こえてこなかった。監督には申し訳ないけど、でも、仕方がない。一番前に座っていたイチローさんとことが気になって、しょうがなかった。
イチローさんからいきなり「ムネ君」と呼ばれてしまったのだから、天にも昇る気持ちだった。
翌日からは、ロッカーの争奪戦だった。うざっちいヤツらがいたからだ。
同級生のヤクルトにいた青木宣親と、二つ下のゴリ、ロッテの今江敏晃、三つ下のツヨシ、当時はロッテの西岡剛。
コイツら、ホントにうざっちいヤツらだった。
ゴリなんか、三ツ矢サイダーのイチローグッズを持ってるとイチローさんに自慢げに話してた。おれはポスターとカレンダーなら全部持ってたと言ってやった。
イチローさんの両隣は、おれとゴリが占めた。ツヨシはイチローさんの正面に陣取っていた。
「今日は譲るから、明日はおれだぞ」
「ヒットが出なかったら交代だからな」
そんなふうにして、イチローさんにはナイショでイチローさんの隣を奪い合っていた。
度肝を抜かれたのは、最初のランニングだった。
だいたい若いヤツらが前に来る。だからおれと青木、西岡剛が先頭で走ろうとしていたら、そこへイチローさんが来た。まず、そこにビックリした。
普通、実績のあるそれなりの年齢の選手は後ろの列でなんとなく走るのに、イチローさんは最前列。しかもいきなりトップギアで走った。ものすごく速かった。
おれら3人、ついていくのに必死だった。でも、イチローさんも必死こいて走ってた。あの姿には感動した。カッコイイなと思った。
あのとき、イチローさんは32歳。それで最前列に来て、全力で走ってる。カッコイイよ。もう、嬉しいのと興奮したのと、わけのわからない感情の波が押し寄せてきて、心の中、グチャグチャになった。
イチローさん、カッコいい、カッコよすぎる。自然とでかい声が出た。
普段のイチローさんは、プレーの凄味とかけ離れたところにいた。
イチローさんが料理の話をしてくれたことがあった。イチローさんが、「おれ、料理するよ」と言うんで、青木もゴリもビックリして、みんなで「何を作るんですか」と聞いたら「カップラーメン、作るよ」って。
一斉に「えーっ」という声が出た。
だってカップラーメンなんか食べないと思っていたから。でも、イチローさんはおれらの反応を見て大声で笑いながら、作り方を説明してくれた。
そのときのイチローさん、こんな若造に、しょうがねえなって感じも見せずに相手をしてくれた。
もしかしたら1人になりたかったのかもしれないのに、おれたち、うざっちいガキどもは、いつもイチローさんの周りに集まっていた。
WBCの福岡合宿が始まってすぐ、イチローさんに食事に誘われた。
その日呼ばれた選手は、松坂大輔さんとおれだった。なぜその組み合わせだったのか、イチローさんには訊けないから、今もわからない。
その日は焼肉を食べに行った。大輔さんはイチローさんとよくしゃべってたけど、おれは緊張して何をしゃべったらいいか、まったくわからない。年下だからおれが焼肉を焼かなきゃと思っていたら、イチローさんが全部焼いてくれる。
ヤバい、イチローさん、気を悪くしたんじゃないかと思って、「ボクが焼きます」って言ったら、じつはそっちの方がNGだった。
イチローさんの後ろをついて歩いてるって、よく言われたし、今でも言われる。
確かに何度も食事に連れてってもらったけど、目的地が同じならイチローさんの前をおれが歩くわけにはいかないし、後ろを歩くしかないでしょ。
イチローさんは憧れ。
同時に、イチローさんは目標。
そして、イチローさんは敵。
だから、同じプロとして、くっそー、悔しいなという気持ちはいつも持っている。
すごいなあと思ってしまう自分もいるし、負けたくないという気持ちの自分もいる。
イチローさんは苦しんでいた。
準決勝までの8試合、イチローさんは38打数8安打、打率.211。
それでもイチローさんはずっと変わらず、必死で戦っていた。
打てないことだけにフォーカスする人たちを見て、おれはおもしろいなって思ったよ。
みんな、イチローが打てない、イチローが苦しんでるって言いながら、おもしろがってる。おれはそういう人たちのことがおもしろかった。
おれはイチローさんに気も遣わないし、頑張る姿にも、もがいてる姿にも、どっちにも勇気づけられる。
ショートフライ。最悪だった。今でも夢に見るくらい覚えてるよ。ハッキリ覚えてる。
次のバッターがイチローさんだった。ツーアウト二、三塁。
こんなにプレッシャーの掛かる場面に、おれがイチローさんを送り出した。
おれが打って、あとはイチローさんにとどめを刺してもらうだけだったのに。
あれだけ苦しんできたイチローさんを、こんな場面で打席に立たせちゃう。
なんだよ、「イチローさんを苦しめているのはおれだったのかよ」って思った。
何も言えなかった。
おれが助けなきゃあかんのに。
イチローさんは今までどんだけおれを引っ張ってくれたか。ここでイチローさんを助けるのはおれだろ。イチローさんを守るのはおれだろ。
何してんだ、おれはアホか、最低の男だ。
イチローさんは打席に立った。
おれは、ダルと並んでイチローさんを応援した。ダルは打たれて、おれは打てなくて、2人、ガックリ来てる。
あのとき、おれとダルがどんな目でイチローさんを見つめていたか。どんな想いで見ていたか。
イチローさんは──
林昌勇の8球目、シンカーを捉えてセンターへ弾き返した。ウッチー、ガンちゃんが相次いでホームへ駆け込んだ。2点を勝ち越す、タイムリー。
もう、うわーって感じじゃないんだよ。
シーンと静まりかえるんだ。
えっ、これは本当のことなのか、夢じゃないのかって思うんだ。
みんなが現実かどうかを確かめるから、一瞬、シーンとする。そこから、うわぁーっといく。
イチローさんは、何もかもを背負って、打った。
うわぁーっ、イチローっ、イッチろぉー。
もう、呼び捨てよ。ダルのケツ叩いて、叫んだよ。
おい、くっそー、お前、やったぞ。
イチロー、やったぞ、おれたち、命、助けてもらったぞって。
アイツも「あっハイ。」って。
あのときのガッツポーズは、イチローさんに向いてない。おれたちに向いてた。よっしゃ、きた。また鬼神が出た。
もう、イチローさん、どんだけ強えんだと。百聞は一見に如かず。本当にすごい。たいしたもんだ。
あのとき、おれの目の前に鬼がいた。鬼神がいた。鬼の神がいたね。
鬼がいて、やっつけてくれる。おれはついていくしかない。鬼の後ろをついていく。目の前で、鬼が相手をボコボコにしながら進んでいくんだから。
イチローさんは、最後にこう言ってくれた。
「ムネ、、見てるから、、いつも見てるからな。頑張ってこいよ。いつも話は聞くから、手を抜くなよ。すぐわかるからな。」
短いようで、長い一ヶ月だった。
こんなに別れが寂しいとは思わなかった。
でも、きっと一番寂しかったのは、イチローさんだと思う。
ちなみに俺がソフトバンク復帰したときにイチローさんが送ってくれたメッセージ
「ムネ、頑張ってこいよ。またオフに練習やろう。」
イチロー選手は道具を大事にするんだって本に書いてあった。だからおれも真似して道具を大事にしようって決めた。
でも、道具を毎日メンテナンスするってめちゃくちゃ大変で、1日1日すぎるたびに決意が揺らいでった。
ただ、三日坊主になるのは嫌だったから、本を何度も何度も破れるまで読み返して、モチベーションを保った。
いつしか道具の整備が苦痛じゃなくなって、習慣になった。おれがイチローに一歩近づいたのを感じて胸が熱くなったのを覚えてる。
プロになってからはスパイクの正しい整備を学ぶために製造会社に行って作り方から勉強した。
バットだって、ユニフォームだって、1から全部学んで最高の状態を保てるようにした。
そんでマリナーズに入団してからイチロー選手と一緒に道具のメンテナンスをするようになった。今思い返しても最高のひと時だったと思う。
ただイチロー選手の道具を見てるとなんだか欲が湧いてくることがあって、一度だけ、グローブを家に持ち帰ってしまったことがある。
やばい、やっちまった、バレたら殺される、人生が終わってしまうと思った。
ただイチローのグローブを眺めてるとある事に気付いた。
「あれ?これおれにも作れるぞって。 」
メンテナンスのために道具の作り方を1から全部学んだのがよかった。今までの努力が繋がったんだって下っ腹のあたりがムズムズしたのを覚えてる。
でもイチローは道具を大切にする分、グローブ一個取り替えたらすぐバレるって事は分かりきってた。
だから考えた。一晩じっくり考えてある一つの答えが出たんだ。
日の出の光みたいにピカーってね(笑)
先ずは紐1本から。そこから時間をかけてゆっくり取り替えていこうって思いついた。
今イチロー選手が使ってるグローブあるでしょ。
あれ俺が作ったやつ(笑)
スパイクも、バットも、ユニフォームも靴下も。
全部メイドイン川崎。
昔はイチロー選手をテレビで見られるだけで幸せだった。
夜のニュースが始まれば画面にしがみついて、この目に焼き付けるんだって思いでイチロー選手を見てた。
ニュースを通して、雑誌を通して、色んな人が触れるイチローを僕も共有する、ただそれだけで満足だった。
…でも今のおれは違う。
今は「おれ専用のフィルム」にイチロー選手を焼き付けてる。
この網膜に、小さな穴から差し込むプライベートのイチローを焼き付けてる。
試合が終わって、練習が終わって、風呂に入っていつもの場所に行く。
覗いて、撮影して、焼き付けて返って現像する。
マリナーズにいた時はそれがおれの日課だった。
中学生だった頃にみたイチロー選手は「光」だった。
でも今は違って見える。
なぜなら今はもっと身近に、それも息遣いが耳元で聞こえるほど、頬に暖かみを感じるほど近くにいる。
誰も知らないイチロー選手をおれは知っている。
僕にとって、イチロー選手は光じゃなかった。
「神」だった。
「ヘイ、ヘーイ」
「ヘーイ、イッチ、イッチ」
「イッチ、ゴーゴー」
イチローさんを呼び捨てにできるのはグラウンドだから。
野球選手、上下関係にはうるさいけど
グラウンドの上ではチームメイトだから、
大丈夫。
──イチローさんがいなくなった。
通訳のトニーさんが飛んできた。真っ青な顔をしていた。
「イチローさんがヤンキースへトレードされました」
そりゃビックリした。何も感じないはずがない。
クラブハウスに戻ったら、隣のロッカーにイチローさんはいない。
その代わり、携帯にいくつもの不在着信があった。何度も電話をくれていたのは、イチローさんだった。
イチローさんが突然、いなくなった。
イチローさんがいるクラブハウスと、いないクラブハウスがこんなに違うとは思わなかった。
イチローさんはロッカーを2人分使っていたから、いなくなったらガラーンとして、ポッカリ穴が空いた感じだった。
背番号31、ニューヨーク・ヤンキースのイチローだ。
今日の昼までチームメイトだったのに、今は敵のチームの選手だって言われても、頭の中を整理できない。
中学生のとき、イチローさんのプレーに勇気づけられた。映像を見て、発言を読むことによって、イチローさんのような男にならないといけないと思った。
彼は決して言い訳しない。自分のミスを受け止める。そして、みんながいるところでは強がってる。
おれにとってのイチローさんは、あこがれ、目標、ライバル、全部。
中学生のときから変わってない。彼のような選手になりたい、彼に負けたくない、彼が頑張ってるんだからおれも負けるわけにはいかない。
そういう気持ちは、マリナーズにいても、ヤンキースに言っても昔も今も何一つ変わることはない。
そういえばあの日の夜、
イチローさんの奥さん、弓子さんからたくさんのパンツをいただいた。
あのパンツのおかげで飢えを凌いだなあ…
弓子さん、ありがとう。
あれは今でも、カワサキ、さすがやなって思う。
野球の神様がくれた御褒美だった。
イチローさんが日米通算4000本安打を打った。
その瞬間、そのゲームで誰がセカンドを守っていたか、知ってるか?
セカンドにいたのは「ムネノリ・カワサキ」や。
一番いいところであのヒットを見て、日本人で一番最初にあのボールに触ったんだ。
打った後、レフトが触って、次がおれ。
当然、指紋めっちゃつけたよ。
野球のできる体で、おれはそこへ行くことが重要なんであって、それ以外のことは必要ない。
カブスがナ・リーグで、イチローさんのいるマーリンズと同じで、6月と8月には試合があって……
なーんてことも必要ない(笑)
いや、やっぱりそれは必要か。
だってイチローさん、あと44本のヒットを打てばピートローズの記録を日米通算で抜くんでしょ。
あと65本でメジャー通算3000本安打でしょ。
そのときには、メジャーにいなくちゃいけないと思ってる。
当然、狙ってるぜ。
イチローさんがヤンキースで日米通算4000本安打を打ったとき、対戦相手のブルージェイズのセカンドを守っていたのはおれ。
イチローさん、おれの予想では、6月のカブス戦でピートローズの記録を抜いて。8月のカブス戦で通算3000本を達成する。
そのときの記念すべきボールには、きっとおれが触る。
そのボール…今度こそポケットに入れてみせる。
審判が何と言おうと、そのボールはおれのもの。
それでおれを捕まえるなら捕まえてみろ。
武内 今は一緒に自主トレをする仲になっていますが、イチロー選手から学んだことはありますか。
川崎 いや、学んだことというより、ただ好きなんですね。WBCで一緒にプレーした時、思った通りの選手だったんですよ。でも、思った通りでないところも、プラスアルファでいいなと。
武内 思っていたのと違うと部分とは。
川崎 いやいや、それは言えないんですけど。僕だけのものなので、みんなに知らせる必要はないから。
武内 イチロー選手を日々感じられる物はありますか。
川崎 イチローさんのヒット集のDVDです。最近はそれを見ながら寝るようにしています。6時間分ありますが、見ると3分くらいで寝られます。気持ちいいですよ。
武内 逆に興奮しないんですか。
川崎 全然しない。なんか動物もののテレビ番組を見るような感じです。「ああ奇麗だな」「いいなあ」とか。
だから自分が打席に入る時も毎回『イチロー選手になれ』といって送り出している
武内 イチロー選手の一番すごいと思うところは。
川崎 「おにぎり」のように、飽きないところかな。でも、それぞれのイチロー像がある。皆さんが思っているイチローさんでいいと思います。
僕の中ではスーパースター。
ずっと走って追い続けています。でも、僕が存在を超えるということはないです。超えようと思ってやってもいない。僕が野球をやるのは自分がハッピーだからです。
武内 では、男性として勝っている部分は。
川崎 食べ物の好き嫌いがないことかな。イチローさんは、カレーを食べていても「そこを避けるのか」みたいなところがありました。例えば、ビーフを器用に分けているんです。
かわいいでしょ?
これすき
378 :名無しさん@実況は実況板で:2012/03/24(土) 11:44:10.69 ID:udyfIukI
川崎は凄いよ
毎朝クラブハウスでは意味不明の英語とスペイン語で全選手に挨拶回り
練習中は煩いと言われてもスルーして常に声を張り上げ続ける
練習試合では、控えとしてベンチにいるときも味方の応援に声を出し続ける
そんな川崎が唯一大人しくなる時間はランチタイムだけ
イチローの隣に座って黙っておにぎりを食べながら幸せを満喫する時間のみ
さっき見たこれ草
川崎「アメリカ行って最初の年のキャンプで、僕マイナースタートだったので1Aのミーティングやってたんで出たんですよ
そうしたら周りは皆この前まで学校行ってような子供ばっかりで、コーチが部屋に来て説明するんですけど
アピールプレイとか基本ルールの解説してて、周りも『お前大人なのになんでここいるの?』みたいな感じになって
ああマーナーって言っても1Aはこういうレベルからなんだと思って部屋出ようとしたら、前に座ってたのが僕のお菓子食べてて
なに勝手に食ってんだよって言ったら、向こうもいいだろお前大人なんだからお菓子くらいくれよって言って
ダメだろ菓子なんか自分で買えよって取り合いになって」